東京高等裁判所 昭和37年(ラ)311号 決定 1962年10月25日
抗告人 大石新子(仮名)
主文
原審判を取り消す。
本件を東京家庭裁判所に差戻す。
理由
抗告人は、主文と同旨の裁判を求め、その抗告を理由として、「原裁判所は就籍とは出生届出義務者が届出を怠つたり、戸籍の滅失などによつて、日本人であるにかかわらず、戸籍を有しないものにつき新しく戸籍を作成することをいうものなるところ、抗告人については右にあげた就籍の要件をなす事実を認め得る証拠がないという理由で、抗告人の申立を却下した。しかし右審判は誤りである」と主張した。
本件記録によれば、抗告人が本件就籍の審判を求める理由は、抗告人は大正一三年一〇月一六日東京都日本橋において父大石治郎母大石良子の長女として出生し、もの心がついた当時においては既に両親とともに朝鮮全北全州府に居住しており、同地の小学校六年を修了、その後奉天市、北支徐州を転々居住しているうち昭和二〇年頃までの間に両親に死別し、終戦後は国民党の軍人のために中国南京に連行されていたが、昭和二八年三月二四日日本人として強制送還され、舞鶴港に上陸した。その後東京都内において女中、家政婦等をして生活をしているが、父大石治郎の本籍地である日本橋区役所に尋ねたところ、その戸籍のないことが判明したので本件申立をなした、というのであつて、本件記録添付の調査報告書(記録第一六丁)の記録及び当審での抗告人審尋の結果中には右申立の理由にそう記載並びに陳述がある。
原審判はたんに抗告人については就籍の要件をなす事実を認める証拠がないとして抗告人の申立を却下しているが、原裁判所の提出した意見書の記載を併せ考えると、原審は本件申立の原因事実については抗告人の供述だけで、それを裏付ける証拠がなく、右供述は信用できないものとして、右却下の審判をなしたものであることが認められる。
就籍とは本らい本籍を有すべくして未だこれを有しない者について本籍を設けることをいうのであつて、日本国民であれば、無籍者はもちろんのこと、本籍の有無が明かでない場合においても、許されるものと解するを相当とする。原審判は本件については要件事実を認めうる証拠がないとしているが、本件において最も重要な要件である抗告人が日本国民であるかどうかの点について調査をなしたことは、後に触れるずさんな戸籍調査以外本件記録上なにもこれを発見することができない。本件記録添付の引揚証明書写(記録第七丁)及び当裁判所の照会に対する原生省援護局庶務課長の回答によれば、抗告人は中共地域から第一次帰還者であつて、この引揚者については当時大阪入国管理事務所の係官によつて入国の審査が行われ、当該審査により日本の国籍があると認められた者に対して引揚証明書の発給等応急の援護措置が行われたものであることが認められ、当審での抗告人審尋の結果によれば、抗告人は現に外国人としての登録をなしていないこともこれを認めることができるのである。原審が右のような事実があるとの一事で直ちに就籍の許可をしなかつたことは、これを許せば全く日本人と同一に取扱うことになるから、大事をとるとの態度は解らないではないが、抗告人が日本人であるかどうかについて、右記のように、一応日本人としての取扱を受けているのであるから、さらに慎重にこの点を調査して就籍の申立の適否を判断しなければならない。もつとも原審は東京都中央区役所日本橋支所に対し抗告人の戸籍の有無の照会をなしているが、筆頭者でない抗告人本人の戸籍が見当らないのはもつとものことであり、当裁判所の照会によれば、同区役所日本橋支所には抗告人の父であるか、どうかは判らないが、大石治郎なる戸籍が存在しないものでもない。また抗告人が朝鮮に本籍を有していたことに疑がないでもなく、抗告人な新鮮全北、全州府に居住し、同地の小学校に就学していたことは前記のとおりであるから、韓国の代表部を通じてその戸籍の有無を調査する方法を採ることも可能である。原審がこれらの点に思いを致さず、前記中央区役所日本橋支所の回答だけで、抗告人の陳述を信用できないと判断したものとすれば、審理不尽といわなければならない。
原審は、原審判には記載されていないが、その意見書の記載によれば、抗告人は日本人かどうか不明であるから、帰化の手続によるのが適当であつて、就籍の許可はなすべきでないと判断したのではないかとも認められるが、本来帰化は日本人でない者が日本の国籍を取得する手続であつて、日本人であるかどうか不明な者の国籍を回復又は取得する手続ではないのであるから、右のように安易に考うべきものでもない。
よつて、抗告人については就籍の要件をなす事実を認め得る証拠がないとして、たやすく抗告人の申立を却下した原審判は失当であつて、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消して、さらに上記の点について調査審理を尽くさせるため本件を原裁判所に差戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝)
参照
原審(東京家裁 昭三七(家)三六七〇号 昭三七・五・二四審判)
申立人 大石新子
上記申立人からの就籍許可申立事件について考えてみるに、もともと就籍とは出生届出義務者が届出を怠つたり戸籍の滅失などによつて、目本人であるにもかかわらず戸籍を有しないものにつき新しく戸籍を作成することをいうものなるところ、申立人については右にあげた就籍の要件をなす事実を認めうる証拠がないので、つぎのとおり審判する。
主文
本件申立を却下する。
意見書(昭三七、六、五)
抗告人 大石新子
右の者より、本件につき当裁判所が昭和三七年五月二四日に告知した審判に対し即時抗告の申立があつたので考案するに、本案申立にかかる原因事実については抗告人の供述があるにとどまり、他にそれが真実であることを裏付けるに足る何らの証拠もなく、右供述はたやすく措置できず、抗告人が日本国民たる国籍を有することの証明がないため申立を却下した次第である。もとより当裁判所としても現在無籍のままで生活している抗告人が就籍許可を求める立場を了察しないわけでもないが、抗告人としては国籍法にもとづく帰化によつて国籍を取得するなどの行政的措置によつて救済を求めるほかはなく、本件抗告は理由なきものと思料する。